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安川財閥 とは ( 安川敬一郎 ( Keiichiro Yasukawa ) / 安川電機 / 日本製鉄 )

安川敬一郎は、「新一万円紙幣の顔」である渋沢栄一とも深いつながりがありました。明治時代に活躍した実業家の 渋沢栄一 ( 1840-1931 )は、港湾・鉄道会社の大株主で ‘鉄の街’ 北九州の発展に深く関わっていました。安川電機や安川敬一郎( 1849-1934 )と親しくなり、採炭業で財を成し九州工業大学を設立したことから、市内には渋沢の足跡が残っています。ここでは、そんな安川敬一郎を紹介します。

 

 

Table of Contents

1. 安川 敬一郎とは ?

2. 安川 敬一郎 が設立した会社や学校

 2.1 安川電機

 2.2 スイスABB

3. まとめ

 

 

1. 安川敬一郎 とは ? ( 安川財閥 現在 )

安川財閥
安川財閥

安川敬一郎(やすかわ けいいちろう(1849年5月9日 – 1934年 11月30日)は、日本の武士(福岡藩士)、戦前の実業家、政治家で地方財閥・ 安川 財閥 の創始者です。以前、紹介した浅野総一郎(あさの そういちろう)1848年4月13日-1930年11月9日)も 浅野 財閥 を作った同時代の実業家です。

敬一郎は、16歳で婿養子になり18歳で結婚し家を相続した。福岡県の高等学校に学ぶ。20歳のとき藩の下級教員となり、翌年京都に留学した。帰藩した後は、執政局に出仕し22歳のとき静岡に留学を命ぜられた。

翌年、東京に滞在中長兄が事件のため切腹したため、帰藩し再び東京に留学し24歳のときに慶應義塾に入学した。26歳のとき、三兄が戦死したとの連絡を受け慶應義塾を中途退学し急遽帰郷した。

29歳のとき、芦屋で石炭販売業を始め、31歳で相田炭鉱及び庄司炭鉱を経営。1886年(明治19年)店を若松に移転。40歳のとき、平岡浩太郎と共に赤池炭鉱を開発します。44歳のとき、二男の松本健次郎と「安川松本商店」を設立し、父である安川は炭鉱経営、松本はその販売と分担し親子二人三脚体制を築く。47歳のとき、門司に事務所を設置し、その後支店を東京、大阪、神戸に拡大し成功を収めた。

58歳のとき(1907年 明治40年)、技術者養成を目的として、明治専門学校(現・九州工業大学)を戸畑に設立。65歳のとき、(大正3年 1914年)、衆議院に補欠当選する。4年後の69歳のとき、明治紡績、安川電機、九州製鋼(のち八幡製鐵所が買収)、黒崎窯業を設立する。

また、九州鉄道取締役、若松築港社長、筑豊石炭鉱業組合総長、明治鉱業社長、九州製鋼会長等を務め、73歳で経済界から引退した。そして、これまでの功績により男爵の爵位を授爵、功により勲三等に叙し、瑞宝章を賜る。

 

 

2. 安川敬一郎 が設立した会社や学校

安川敬一郎とは
安川敬一郎とは

ここでは、安川敬一郎が設立した会社や学校を紹介します。

 

2.1 安川電機 ( 安川財閥 現在 )

安川財閥 現在
安川財閥 現在

 

・ 黒崎窯業(現・黒崎播磨)
・ 若松築港(現・若築建設)
・ 九州製鋼 ( 八幡製鉄所 (のち 八幡製鐵 として法人化)買収・合併を経て、現・ 日本製鉄 )
・ 九州鉄道(国鉄九州路線部門を経て、現・JR九州)
・ 明治鉱業(地質部は明治コンサルタントとして独立後の㈱東京LB)
・ 明治専門学校(現・九州工業大学、明治学園小学校・中学校・高等学校)
・ 敷島紡績(現・シキボウ)

以上が、簡単な 安川敬一郎 の経歴です。二男との親子二人三脚の経営は、本田宗一郎と藤澤武夫の関係を思い起こさせます。安川敬一郎は、九州の発展に最も寄与した実業家と言えるでしょう。ここはテクノロジー関連のブログなので、一番に紹介したいのは 安川電機 です。

安川電機 は2020年9月現在、世界4大産業用 ロボット メーカーとして活躍する、Nikkei 225の構成銘柄の一つです。日本の ファナック ( 税率の低い、 ルクセンブルク に欧州本社を置く) 、スイスの ABB 、ドイツの kuka が世界4大ロボットメーカーです。

 

2.2 スイスABB

安川敬一郎とは
安川財閥 とは

スイスのABBは電機や機械などの分野のコングロマリット(複合企業)です。欧州でも中心的な企業とも言えるでしょう。九州の鉄鋼事業や 安川電機 を見ると、鉄鋼メーカと旋盤などの工作機械メーカー、ロボットメーカーは大きな繋がりがあることが分かります。

鉄は自動車から飛行機、建造物などあらゆる所で使用される材料で、それを加工する工作機械やロボット産業も同じように発展するのだと思います。九州で地方財閥として現在も活躍しているのは、この鉄鋼とロボットなどの分野のおかげであると考えます。

例を上げると、ヨーロッパの小国にルクセンブルクという国がありますが、 アルセロール ・ ミッタル ( アルセロールミタル ) という世界一の鉄鋼メーカーを有していて、日本の 日本製鉄 のライバルでもあります ( 現在では、同社は提携関係にあり、 インド の 大手鉄鋼会社 を共同で買収した。)。

こんな小さな国でも鉄鋼産業に特化することで、国民一人当たりのGDPも世界トップレベルという豊かな国になることができます。スイスもまた、人口は800万人ほどで埼玉県より少し多い程度ですが、国民ひとりあたりのGDPはこちらも世界トップレベルです。日本もヨーロッパも一つの貴族や財閥の影響が現在も続いているという事実はとても興味深い話です。

 

 

3. まとめ ( 安川財閥 現在 )

日本 財閥 子孫
日本 財閥 子孫

京浜工業地帯を作ったのが、 浅野総一郎 の 浅野財閥 なら、九州の中心産業を作った 安川 が 安川 財閥 と覚えておけば良いのではないでしょうか。今後の日本も、大阪都構想のように地方が以前よりも重要な役割を果たすと思います。

東京から会津若松に続々と大手企業が移転したり、パソナという派遣会社が東京から淡路島に本社機能を移転するというニュースが流れています。この記事が何かしら読者のお役に立てれば幸いです。

最後まで読んでくれて、ありがとうございました。

 

 

参考URL: Wikipedia  安川 敬一郎

By hideyuki001

ITやガジェットなどをメインに記事を書いています。ご相談は、メールまでお願いします。Tokyo Web Writer | hideyuki001

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