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コロナウィルス騒動による、日本人と外国人の思想の違い(Difference of Thought Between Japanese and Freigners.)



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人は長く生きることが大切なのではなく、生きているうちに自分の思い通りにするために生きているのだと思う。日本ではみんな老後は国が面倒を見てくれると思っている。日本の年金制度は破綻寸前だけれど、人々はもしかして将来は年金で生活ができるかもしれないと思っている人も大勢いるだろう。むしろ、日本の人々はそれが当たり前だと思っている。だからこそ、それが将来実現しそうもないニュースが流れるとみんなは批判する。現実的には、年金は受け取れないと考えていた方が現実的だし、対策も立てやすいだろう。

今回のコロナウイルスの騒ぎでもそのような傾向がみられる。日本は国が救ってくれて当たり前だと思っている。結果、日本では反対のことが起こっている。先ほどの年金の話と同じである。そして、今回そのようなことが現実に起こったのだから、年金も出ない、もしくは国は助けてくれないと考えるのが普通だと思う。しかし、人は時が経つと油断もするし、大変な目にあったことは忘れてしまう。それでも、それは必ず将来にやってくる。

海外の対応が早いのは、国が人々の”自由”を一時的に奪う事によって、将来の”自由”を与えるためだと私は思っている。だから、国が人々の”自由”を奪う決断をするのは勇気が必要だったはずだ。「社会では人々は働く権利があるとされている。しかし、その成果は必ず報われて返ってくると期待してはいけない」、そんな話を何かの本で読んだことがある。そう、あれは確かJ.D.サリンジャーの小説だった。

今回のコロナウィルスの騒動では、人々からこの”自由”と”働く権利”が奪われてしまった。そうなると、ウィルスの蔓延はもちろんだが、たとえこの状態で働いたとしても良い結果にはなりにくいと考えるのが普通だろう。物事を悪い方向に行くと考えるのが普通である。だから、イギリスは日本を見て「日本は一種の賭けをしている」とい言った。このイギリスの言葉はとてもうまい言葉で、つまり「ギャンブルは外れるのが当たり前だと思うのが普通だが、この場合の日本はギャンブルに勝つと思って対策を進めている」ように見えたのだから、イギリスがこのような皮肉を言うのも当然である。

東京都の都知事は緊急事態宣言が出たのは良いが、その翌日に商店を開けているのでは意味がないと政府を批判した。また、韓国も日本の経済を停滞させないために、緊急事態宣言を遅らせたと言った。どちらも、具体的なまともな意見で、その意見は間違ってはいないだろう。

ここまで書いてきたように、そのような日本の取り組みを海外の人々が疑問に思うのも無理はない。これは、以前に私がツイートで話したことだが、元日産のカルロス・ゴーン氏は無実であるにも関わらず、また17年も日産に尽くして大きく業績を回復させた実績があるにも関わらず、日産に裏切られて逮捕までされてしまった。もはやそこには、”自由”も”権利”すらも与えられなかった。だから、カルロス・ゴーン氏は海外に逃亡したのだ。人の本質を考えればそれは当たり前だと思うのだが、この国ではどうやら違うらしい。そのような、日本と海外の考えの違いが、緊急事態宣言を遅らせた原因でもあると思っている。



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